山口修源先生と出会う前の話を少しだけ
宇宙論にしても、量子力学にしても、数学的にというより感覚的に捉えていました。 表在意識で共通認識されていることだけが、事実とは限らない。 現実感なんて、アッシド(化学物質)や脳内物質の代謝が変わることで 簡単にひっくり返るようなことだろう。
観測することで量子に影響を与え変化させてしまう。 暗号を取り出そうとすると変質してしまう、解読不能な量子暗号の基本原理だ。
実在するリジッドな情報が観測によってひっくり返る。 現実、実在なんてかなりあやうい。
山口修源先生と出会う前の話を少しだけ
宇宙論にしても、量子力学にしても、数学的にというより感覚的に捉えていました。 表在意識で共通認識されていることだけが、事実とは限らない。 現実感なんて、アッシド(化学物質)や脳内物質の代謝が変わることで 簡単にひっくり返るようなことだろう。
観測することで量子に影響を与え変化させてしまう。 暗号を取り出そうとすると変質してしまう、解読不能な量子暗号の基本原理だ。
実在するリジッドな情報が観測によってひっくり返る。 現実、実在なんてかなりあやうい。
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その意識変容体験があって、 チベット密教の神秘体験についても、チャネリングについても そんなものは錯覚だ、幻覚という病的状態だと決めつけるのではなく、 興味深く眺めていました。 そんなこともあるかもしれないなあと、 「チベットのモーツァルト」読みました。
ばっちい感じが苦手なので、麻原にひかれることはありませんでしたが、 ショ、ショ、ショ、ショショショショ・ショ〜コ〜 は 不覚にも選挙中に口ずさんでしまいました。
中沢本の読者だった私も危うく中沢新一に騙されるところでした。
中沢新一はあれを真に受けるなんてと浅田彰との対談で舌を出していましたね。
浅田:中沢さんでさえ、この現実と違う世界をエキゾチックに描き出して若者たちを誘惑したとは思わない。一見そのように読める部分でも、それは本当はユーモアをもって書かれていて、『よくこんなこと言うぜ』と言って笑いながら読めるようになっている(笑)。そんなこともわからないやつは、単なる馬鹿でしょう。
中沢:笑いのために書かれた本が生真面目によって誤読されてしまう不幸はドンキホーテの昔から、防ぎようのないことです。
--『諸君!』1995年8月号対談「オウムとは何だったのか」--
お話しになりません。
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自分の内面の出来事と現実社会との関わり方が 社会に容認される範囲に収まっているよなと私は思っていました。
私が意識変容を自覚していたとすると 専門家は“病識”があったとでもするんでしょうか。 もっとも精神医学での「意識変容」は病的な状態(錯乱・せん妄)を指すようです。 病的な状態であるか否かは、 本人がその内的体験を制御できるか否かにあるかなと思っています。
日常に制御されない状態で「意識変容」が出現する(フラッシュバック等)ようなら、 社会生活が困難となる場合があると思います。
人として社会性を失いかける。それはもう病的状態と言えるでしょう。
内容が著しく病的である。ならばそれは人格に反映され、 既に社会性に現れているかな。
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私は意識変容というものを体験したことがありました。 意識変容とは意識の量的な変化、環境認識におけるレベルの変化(JCS:Japan Coma Scale)ではなく、 質的変化のことです。
単に気分が変わる、気持ちが切り替わる、気の持ちようだけということではありません。 妄想・幻覚のように客観的事実と異なる独自の現実認識があり、 周囲と協調が困難になっているということではありません。
現実認識は異質でしたが、現実を見失うことはありませんでした。 これはいつもの認識ではない。 聴覚や視覚などの体性感覚が違う、いつもより鋭敏というより、 感受レンジが広がり、奥行きもある感じだ。 それが体性感覚を超え、知覚に及び、 相手が考えていることが伝わってくる感じがある。
こりゃ、やばいと正気に戻りました。
ここでまずいと感じなければ、あっちの人となっていたかもしれません。
また、別にまずいことでもなかったのかもしれません。
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どうなっているんだろうか、当時から好奇心は旺盛でしたから色々のところ覗いていました。 私は図に乗るタイプなので、その観察癖に拍車がかかりました。 母からは機械をすぐに分解すると不評でした。元に戻せなくなるのが常でしたから…
先生から褒めて頂いた「よく観察する」は、今でも私の性分としてが大切にしているところです。
ある教師は、自分の為に「君が代」の伴奏をすることを拒否してなお、処分に不満があると提訴しますが、当時の先生方は、自分の事情を優先させるなんてことは微塵も感じさせませんでした。ただ、子供に愛情をかけ、成長を願っていました。 子供をよく観ていて、悪いことをしたら叱る、良いところは褒める。 けんこは痛かったけども、愛情ある無私のげんこだからこそ、自分が悪かったと自覚させてもらえる痛みでした。
先生の卒業時の子供たちへ餞の言葉が「人の鑑となってください」でした。 その願いに適うことは…ですが、M先生から受けた愛情は、なんらかの形で社会に還元したいと思っています。
先生に私の「観察する姿勢」を伸ばして頂けたからこそ、今の私がありました。 「人の鑑」などと、山口修源先生に出会うことがなければ、欲深い私は、考えることもなかったと思います。
今は「人の鑑」というより、自分を修養し、少しでも人として向上したいと思っています。 人生の目的や価値、「智慧と愛と義の獲得」(『仏陀出現のメカニズム』)について思いを及ばすとは、私にとってはまさかの出来事でした。 ユニバースの人間改造講座・気功・実現道等々の御指導は、私にとっては、「観ること」が知恵や愛情と繋がった、30歳の「コペルニクス的転回」でした。
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小学校の卒業の寄せ書きに担任のM先生が「人の鑑となってください」と書いて下さいました。
M先生は字がお上手で、まるで書家のような凛とした立派な字を書いていました。 そして、悪いことをしたら、殴りつけるような厳しさがありました。 たまに悪いことをする私は、もちろん殴られていました。
M先生は生徒のことをよく観ていました。 理科の時間、5・6年生は専門の理科教諭が教えていましたから、おそらく4年生の頃だったと思います。 授業でチェーンを使っている場所や仕組みを皆であげていました。自転車。オートバイ・チェーンソウ等々一通り上がったあと、私が上下に動く黒板に使われていることをあげました。その教室で使われていた黒板は上下にスライドする黒板で、歯車とチェーンで上下に移動させるものでした。
その時、先生は思いがけず(だから憶えています)、私の観察する姿勢について少し時間を割いて褒めて下さいました。 叱られることはあっても、あまり褒めらたことのない私は気恥ずかしさで居所がありませんでした。
M先生は、区の教育センターで行われていた理科の実験授業の3名の推薦枠に、ずば抜けた成績でもない私を推して下さいました。
土曜の午後に行われるその特別研究授業は、予算・時間の都合等で全就学児童向けにはできない「考える理科実験」が主に行われ、理科の楽しさに触れることができ、貴重な体験となりました。 M先生有難うございます。
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私の友人は卒業した時分、一時期シャーリー・マックレーンとかのチャネリングに興味があったようでした。
友人はチャネリングにはそこに至るまでのシステムがない・・と残念そうでした。 えっ、チャネリングなんかする気なのかい・・
私も憑き物、じゃなかった霊感、霊媒系の話は、物語としてはおもしろいと思いましたが、 だからといって・・ねえ、そこに飛び込んじゃうのはいかがなものかと・・ 鉄砲玉の普段からするとやりかねない・・ 本人に素養もありそうで、心配だったので、よく話しを聞くようにしました。
あっちの世界(という対立概念ではなさそう)は幸せだけ詰まっているわけでもないだろう。
つながる手段を得て、不用意にパンドラの函を開けてしまったら・・・ 天に通ずる道は地にも繋がっているに違いない。 心の奥底に不安を抱える私はそう感じていました。
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私は神経質でありましたけど、鈍感でした。 事象・自然の息吹から「何か」をつかみ出してくるという感覚はありませんでした。
知識として、言葉として「色即是空」「一切皆空」とか知っていましが、 何ら理解はしていません。 表在意識だけ、死んだら一切失ってしまうものを頼りとしていました。 ということさえ思いも至らず、死んでしまうところでした。
私の友人は違っていました。 スピリチュアルリーディング・・霊感というか直感があったように思っていました。
衝撃的なことを言うのだけれども、間違ったことも言うのだけれども、 どれも、私の為にと心底言ってくれていました。 ※その友人談:そんなこともなかった!と え”〜 私の思い込み?
もっとも私が突拍子もないこと言うのを受け止めることを知っていたからでしよう。
そんな彼女も彼女なりに在学中に精神的に厳しい期間があったようで 私が偉そうに心構え的なことを『禅語百選』の引用なんかして話をすると 一応、へぇ〜と関心をもっているようでした。
卒後は誰より早く独立開業し、自分の治療、自分の進むべき道を極めようと努力していました。 なにか究極の癒し、大自然、大宇宙の根源に迫るものを求めているようにも見えました。
山口修源先生と出会う前の話を少しだけ
私の友人はユニークでした。 直感というか思い込みで、いきなりずばりと打ち込んでくるところがありました。
歯が呼吸ができない(口腔内環境と歯の表面の代謝が金属によって阻害されている)から生活歯のFCK(全部被覆冠)は失敗するとか、 歯周病は自己免疫疾患だから、歯がセルフ(自身)と見なされず歯周組織から排除されて脱落するとかの斬新な視点を持っていました。
私にも直感的に、今の行動・言動となんの脈絡もなしに 「そんなことしていると悪い女に頭からバリバリと食べられちゃうよ」と言った 悪い女から頭からバリバリとだって・見てもいないくせに・・ すぐに嗚呼あのことだなとピンときました。
実は頭からバリバリといかれる寸前でした・・・ その後、襟を正し事なきを得ました。
そんなこんなもあって、彼女に言動に「何かある」と踏んでいました。 ここで「ふ〜ん」とやり過ごしていたら、山口修源先生と御逢いできなかったかもしれません。
山口修源先生と出会う前の話を少しだけ
周囲は、いろいろと個性派もいて一緒に良く遊びましたが 人生観、自分の内面、精神世界の話しをする友人は限られていました。
当時、私が痩せこけていて狭量だったからかもしれません。 精神世界の話しをよくしたのは、ちょっと変わった女学生とでした 見た目(かわいかった方と思います)と中身が大違いで 普段はにこにことそれなりに愛想もいい方でしたが、 いったん事が起こると、「ちょっとあんた、脳味噌腐っているんじゃないの」 とぐさりと言い放つ、かなりの過激派です。
なぜか教授たちにはかわいがれていたようです(臆さずによく話しをしていました)。 この友人から卒後、山口修源先生の人間改造講座を紹介してもらいました。
彼女にそのようなご縁がつながっていようとは、想像だにできないことでした。
この人がいたからこそ、いろいろな事に気づかされるきっかけになりました。
友であり、恩人です。